京都地方裁判所 昭和61年(行ウ)30号 判決 1989年1月27日
京都市右京区梅津南広町81の3
ユニハイム四条梅津312号
原告
岡本啓二
右訴訟代理人弁護士
高田良爾
京都市下京区間之町五条下ル大津町8番地
被告
下京税務署長 川勝敦美
右指定代理人
高須要子
外5名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
1 被告が原告に対し昭和60年10月14日付でした原告の昭和57年分,昭和58年分及び昭和59年分の所得税の更正処分のうち別表1確定申告欄記載の総所得金額を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分を,いずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨。
第二主張
一 請求の原因
1 原告は,測量業を営んでいた者であるが,被告に対し,昭和57年分,昭和58年分及び昭和59年分(以下,これらを本件係争各年分という)の所得税の確定申告(白色申告)をした。
被告は,昭和60年10月14日付で原告に対し本件係争各年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下,これらを総称して本件処分という)をした。
原告は,本件処分に対し,異議申立及び審査請求をし,昭和61年10月7日,審査請求を棄却する裁決の送達を受けた。
以上の経過と内容は別表1記載のとおりである。
2 しかし,本件各処分には次の違法事由がある。
(一) 被告の調査担当者は,原告に対する税務調査にあたり,事前通知をせず,調査の理由の開示もしなかった。
(二) 被告は,原告の本件係争各年分の総所得金額を過大に認定した。
よって,本件処分の取消を求める。
二 請求の原因に対する認否
請求の原因1の事実は認める。同2の事実は争う。
三 抗弁
1 被告の調査担当者である横山雅樹は,京都市南区吉祥院観音堂南町1において測量業を営んでいた原告の申告にかかかる所得金額が適正が否かを確認するため,
(一) 昭和59年11月2日,右原告方に臨場し,原告が不在のため,同月7日に臨場する旨及び都合が悪ければ連絡されたい旨のメモを原告方郵便受け入れた。
(二) 右同月5日,原告から右メモを入れたことに対する苦情の電話を受け,調査日時の打合せに応じるよう説得した。
(三) 右同月6日,原告から7日は都合が悪い,都合のよい日を早急に連絡する旨の電話を受けたが,その後の連絡はなかった。
(四) 右同月27日,原告方に架電して原告の父から夜8時ころ架電して欲しいと告げられたため,夜に再度架電し,原告に対し所得税調査のため面接できる日時を設定するよう促したが,原告が「昼間は忙しくて会えないので,今から調査に来い」と言うのみであったため,調査日時の打合せができなかった。
(五) 昭和60年4月11日及び同月15日,原告方に臨場し,原告が不在のため,連絡を求めるメモを郵便受けに入れたが,原告からの連絡はなかった。
(六) 右同月17日,原告方に臨場し,原告が不在のため,次回臨場日を同月24日と記載したメモを原告の父に手渡した。
(七) 右同月22日,原告から24日は都合が悪い旨の電話を受けたが都合のよい日の申出はなかった。
(八) 右同月25日,訴外杉村文具店にて同文具店に対する調査を実施していた際に,その場に現われた原告に対し原告の所得税の調査についての協力を要請し,原告から「杉村さんと同じような調査方法をとるのであれば面接日を設けたとしても結論は一緒だ」,「お前が勝手に調査をやるんだから今更説明する必要はない」との返答を受けた。
(九) 右同年6月18日,原告方に臨場したが,原告が不在のため,次回の調査日を同月20日と記載したメモを差し置いたところ,翌日,原告から「当日は忙しい。来週早々に連絡する」との電話があった。
(十) 右同月27日,原告から「今日夕方5時に時間が取れたので美山町の現場に来てくれ」との電話を受けたが,時間が遅い旨を告げ,「6月で会えるのは今日だけや,美山町の現場で待っている」との返答を受けた。
以上のように,原告は,単に調査を引き延ばす目的で多忙を理由としているもので,何ら帳簿書類等を提示せず,事業内容を説明せず,調査に協力しなかった。
そのため,被告はやむなく反面調査のうえ,推計課税の方法で本件処分をしたのであって,本件処分に手続的瑕疵はない。
2 所得金額
(一) 原告の本件係争各年分の売上金額,算出所得金額,算出所得率,差引事業所得金額,雑所得金額及び総所得金額は別表2記載のとおりである。
(二) 算出所得金額算定の基礎とした同業者の選定と算出所得率の算定は,次のとおりである。
(1) 被告は,京都府下の下京,上京,中京,右京,東山,左京,伏見,宇治,園部,福知山,宮津,舞鶴及び峰山税務署管内に青色申告により所得税の確定申告をしている者のうち,本件係争年分で次の条件に該当する同業者のすべてを抽出し,別表4記載の14件の事例を得た。
① 測量業(土木設計を含む)を営み,他の業種目を兼業していないこと。
なお,測量業と記載せず,土木設計業と記載されている可能性を慮って,土木設計を含むと注記した。
② 年間を通じ継続して事業を営んでいること。
③ 事業所が京都府下にあること。
④ 不服申立又は訴訟係属中でないこと。
⑤ 本件係争各年分における売上金額が,4,500,000円以上34,000,000円未満であること。
なお,右は,被告が主張している原告の売上金額の昭和59年分の約2倍を上限とし,昭和57年分の約半分を下限としたものである。
(2) 右同業者は,業種,事業場所及び事業規模において原告と類似性があり,青色申告であるからその数値は正確である。従って,右同業者から算出所得率を算定し,これを原告に適用することには合理性がある。
(三) 特別経費は存在しない。
(四) 結局,原告の総所得金額は,別表2記載のとおりとなる。
3 以上によれば,原告の主張するような違法はなく,原告の本件係争各年分の総所得金額は本件処分を上回っており,本件処分は適法である。
四 抗弁に対する認否
被告主張の売上金額は認めるが,算出所得額は争う。
原告が営む測量業は特殊専門的技術で,手数料,報酬も,特に目安となる業界の報酬規定のような一定の基準がなく,一般的には計測する面積,道路であれば長さを基準にし,あるいは,所要の人数を基準として決せられるものの,各人各様に発注者との合意により決せられ,また,主な経費としては測量のための材料費,現場への交通費,人件費(外注費),通信費等で,収入と経費との間に相関関係がなく,更に,被告が主張する同業者の事業専従者の労働実体も全く不明であり,これらを考え併せると,被告が主張する単純な同業者率による推計に合理性があるとは言えず,他に測量業者の所得を同業者率で算出した例もない。
原告(昭和29年2月10日生)は,昭和51年4月測量士補の資格を取得し,本件係争年の直前である昭和56年4月からワーク測量設計事務所と称し独立して測量業を始めたばかりであり,本件係争各年当時の事業の実体は,一人で事業専従者もなく,専ら下請ないし孫請として,工事に伴う地図の作成,断面図の作成,工事用の設計,構造物の設計を行い,具体的には,市街地道路,河川,河川の橋,トンネル等の現況図の作成等を行っていた。
また,同業者の算出所得率は,右のとおり原告には事業専従者がなかったのであるから,原告との類似性をより担保するため,同業者の事業専従者給与を同業者の給与賃金及び外注費に算入して算定するべきである。
第三証拠
記録中の証拠に関する調書記載のとおり。
理由
第一 原告が測量業を営む者であり,被告に対し本件係争各年分の確定申告をしたこと,被告が本件処分をしたこと,原告が異議申立及び審査請求をしたこと,以上の経過と内容が別表1記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
第二 調査について・推計の必要性
一 原告は,被告の調査担当者が事前通知をせず,調査の理由の開示もせず,もって違法な調査をしたと主張する。
二 そこで検討するに,
1 原告は抗弁1の事実を明らかに争わないと認められるから,これを自白したものとみなされる。
2 被告の調査担当者が質問検査権を行使する際の事前通知,具体的調査理由の告知など,実施細目については,実定法上特段の定めがなく,権限ある調査担当者の合理的選択に委ねられているものと解される(最高裁昭和54年(行ツ)第20号昭和58年7月14日判決・訟務月報30巻1号151頁・シュトイエル265号21頁)ところ,抗弁1の経過に徴すると,調査担当者が事前通知なく臨場し,具体的調査理由を開示しなかったことが調査の違法事由になると認めるべき特段の事情は窺えない。
3 以上によれば,このように原告が調査に協力せず,帳簿資料に基づいてその事業内容を十分に説明せず,調査により所得金額を把握できないのであるから,被告が反面調査のうえ推計課税の方法で本件処分をするも止むを得ないものがあったというべきであり,原告が調査の違法事由として主張するところは理由がなく,本件処分に手続的瑕疵はない。
第三 所得金額について
一 被告主張の売上金額は当事者間に争いがない。
二 ところで,
1 証人岸本卓夫の証言によれば,被告は,測量業とは土地あるいは構造物の測量業をいい,測量業を営むものが土木工事にかかる設計をもしていることが多いとして,同業者の範囲を「測量業(土木設計を含む)を営む者」と設定したことが認められる。
2 原告本人尋問の結果によれば,原告が営んでいた測量業の実態は次のとおりであることが認められる。
(一) 昭和51年4月測量士補の資格を取得し,本件係争年の直前である昭和56年4月から,当時居住していた京都市南区吉祥院観音堂南町1の自宅の一部を事務所として,ワーク測量設計事務所と称し独立して測量業を始めた。
(二) 専ら下請ないし孫請として,具体的には,市街地道路,河川,河川の橋,トンネル等の現況図の作成作業,計画道路等が現況のどこになるかを計測して現地に杭を打つ作業などを行っていた。
(三) その代金額については一般的な基準がないままに,基本的には計測する面積ないし長さ,又は,作業に要する延べ人数等により,受注の都度に発注者との合意で決定するものの,発注者から一方的に示されることが多かった。
(四) 経験者と比較すると作業に多くの時間を要し,従って現場への交通費,測量補助者の人件費,通信費等の経費が嵩みがちであった。
(五) 測量士の訴外市田詳造を仕事があるときに雇用していた。
(六) 日報として,作業内容,収入,支出等を帳面に記載していた。
(七) 原告が作業で外出しているときは,原告の両親が電話の取次等をしていた。
3 証人岸本卓夫の証言により真正に成立したと認める乙1号証,2号証の1ないし13,同証言によれば,被告は,その主張のとおり,京都府下の各税務署管内に青色申告により所得税の確定申告をしている者のうち,測量業(土木設計を含む)を営み,他の業種目を兼業せず,年間を通じ継続して事業を営み,事業所が京都府下にあり,不服申立又は訴訟係属中でなく,本件係争・各年分における売上金額が,4,500,000円以上34,000,000円未満である者を抽出し,別表4記載の事例を得たことが認められる。
4 以上によれば,右同業者は,業種,事業場所及び事業規模において原告と類似性があり,且つ無作為に抽出されたもので,青色申告者であり,その数値は正確であると認められるから,右同業者からその平均算出所得率を算定し,原告の算出所得金額を推計することは,真実に合致する蓋然性が高く,合理性があると認めるのが相当である。この認定を左右するに足る主張立証はない。原告は,前記認定のとおり日報として作業内容,収入,支出等を帳面に記載していたものであるが,本件訴訟においてこれを証拠として提出していない。
5 なお,
(一) 原告は代金額について一定の基準がなく各人各様に発注者との合意により決すると主張するけれども,しかし,前記認定のとおり,代金額は,発注者から一方的に示されることが多いのであって,そうとすれば,一般的には原告と各同業者との間に推計の合理性を左右するような顕著な差はないものと推認される。
(二) 原告は収入と経費との間に相関関係がないと主張するけれども,しかし,前記認定のとおり,収入すなわち代金額は,基本的には計測する面積ないし長さ,又は,作業に要する延べ人数等により決せられるものであるから,経費との相関関係があるものと思料され,発注者から一方的に示されることが多いとしても,相関関係が全くないとはいえない。
(三) 前記のとおり原告は経験者と比較すると作業に多くの時間を要し,従って,現場への交通費,測量補助者の人件費,通信費等の経費が嵩みがちであったと認められなくもないけれども,しかし,そうだとしても,経験者に比して著しく作業能率が低く,また高率の経費を要したとまでは認め難く,且つ,被告主張の同業者が14名と多数で,その中には経験,能力等に差があるものを含んでいると推認されることに徴すると,原告は,その作業能力あるいは経費率において,右同業者に比し,推計の合理性を左右する程顕著に劣ってはいなかったと推認される。
6 さて,同業者の算出所得率の算定につき,原告は,同業者の事業専従者給与を同業者の給与賃金及び外注費に算入すべきであると主張する。
検討するに,
(一) 同業者の事業専従者給与は,前掲乙2号証の1ないし13によれば,別表5の(一)のとおり認められる。
(二) ところで,
(1) 原告においてその生計を一にする配偶者その他の親族から同業者がその事業専従者から受けたと同程度の労務の提供を受け得べき場合は,同業者の事業専従者に対する給与は課税政策上必要経費に算入しないものとされた「生計を一にする配偶者その他の親族」に対する賃金(所得税法56条)を青色申告奨励の目的で青色申告者に限り必要経費と認められているものであるから(同法57条),同業者算出所得率の算定にあたって,これを必要経費から除外しないと,いわゆる白色申告者である原告が青色申告者と同じ特典を受けることとなり不合理である。
(2) しかし,原告においてその生計を一にする配偶者その他の親族から同業者がその事業専従者から受けたと同程度の労務の提供を受け得べからざる場合は,同業者の収入がその事業専従者から提供を受けた労務により増加していることは否めず,原告がこれと同様に収入を得ようとすればその不足分の労務相当の経費を要するから,同業者算出所得率の算定にあたって,同業者の事業専従者に対する給与のうち,原告がその生計を一にする配偶者その他の親族から通常受け得べき労務を超過する労務の対価部分を必要経費に加えて算定するべきである。
(三) そうとすれば,
(1) 前記認定のとおり原告は電話の取次等についてその両親2名の助力を得ていたと認められるところ,前掲乙2号証の1ないし13及び弁論の全趣旨によれば,前記別表5の(一)記載の同業者の事業専従者は,上京Bの妻に対する給与を除き,多くとも原告と同様に2名で,いずれも原告の場合と同様に両親か,そうでないとしても妻であって,これに対する給与支給額も2,000,000円以内であり,原告においてその両親2名から同業者がこれら事業専従者から受けたと推認される労務と同程度の労務の提供を受け得たと認められる。
従って,上京Bを除くその余の同業者の算出所得率の算定にあたっては,同業者のこれら事業専従者給与を必要経費から除外するのが相当である。また,かかる事業専従者の労務の程度等の細部には差があり得るにしても,その内容ないし程度の詳細が明らかにされなければ推計の合理性に疑いを生ずるものとは認め難い。
(2) しかし,上京Bの妻に対する給与は,他と比較して高額であるのみならず,その母に対する相当高額の給与と同時に支給されているものであるから,その内容及び程度において,原告がその両親2名から受け得なかった労務の対価として支給されたものとの疑いが生ずる。従って,上京Bの算出所得率の算定にあたっては,その妻に対する給与を必要経費に加えて算定するのが相当である。
(四) 右によれば,上京Bの算出所得金額及び算出所得率,並びに,同業者の平均算出所得率は別表5の(二)記載のとおりとなる。
7 前記売上金額に右別表5の(二)記載の算出所得率を乗じると,原告の算出所得金額は別表5の(三)記載のとおり推計される。
8 原告は雑所得を明らかに争わないと認められるから,これを自白したものとみなされる。
三 特別経費の主張立証はない。
四 以上により,原告の本件係争年分の総所得金額を計算すると,別表5の(三)記載のとおりとなること,計数上明らかである。
そうすると,本件処分は右に認定した事業所得金額の範囲内であるから,被告が原告の所得金額を過大に認定した違法はない。
第四 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 田中恭介 裁判官 和田康則)
<以下省略>